振り替え休日となった11月4日の夕刻。
“そういやぁ呼吸困難で緊急入院したのが去年の今日。ちょうど1年か。よく生き長らえたもんだ。清水が亡くなったのも月こそ違え同じ4日。死(4)日なのかも知れん。ちゃんと覚えておこう”なんて訳の分からんことを考えつつの晩酌中に携帯が鳴った。親爺からだ。テレビをオフにして受けた。
「久し振り。元気?変わりない?」
「いやいやこちらこそ。まぁ低値安定ってとこだな。大谷の9月じゃないけどテレビの前でヒリヒリする10月を送っていたよ。とはいえ病院帰りならともかく現状で築地まで出掛けるのはちょっと……。で、どうした?」
「電話では話していたけど先月は一度も顔を見せてくれなかっただろ。だから……。さっき横ちゃんがきて一緒に線香をあげてな。清水さんの話題で盛り上がれば当然とのさんの名前も出てつい」
どうやら二人、いや板前の吉野も加わっての三人で酒を酌み交わしているようだ。
「いつもありがとな」
「とのさんに礼を言われる筋合いはないさ。それより横ちゃんが側に居てとのさんの声を聞きたいんだって。代わるよ。いいだろ」
「別に代わらんでもいい。客は居ないだろうしスマホをスピーカーにしたら」
「なるほど。横ちゃんこれで○△××」
扱ったことがないみたいで横山にゴチャゴチャ教えを請うてるようだ。
「あ、横山です。ご無沙汰続きで申し訳ありません」
「なぁ~んも。行かない俺が悪いだけ。横山君が元気そうで何より。ところで馬券の調子はどうかね」
「はい。昨日は福島の最終で遠野さんお薦め丹内さん頭の3連単が嵌まって『AR共和国杯』の負けを取り返しました」
「ほう。俺は買わなかったけどそれは良かった。丹内も昨日は二つ勝ったがある意味“勝って当たり前の馬”。多頭数の人気薄じゃあ今イチだし、やはり落馬骨折の後遺症があるのかもな。それにしても外人ジョッキーの来日は何とかならんのかね。ゴキブリじゃあるまいし今週からゾロゾロ現れるんだろ。ったく」
酔いのせいもあるのか喋っている内に遠野も腹が立ってきたようで口っぷりが荒くなった。
「そうなんだ!さっきまで今週の『エ女王杯』の検討をしてたんだが有力馬はノーザンと外人ジョッキーばっかり。ムーアにマーカンドに謹慎だったはずのC.デムーロまで。それにルメールのレガレイラだろ。これじゃあ“とのさんはGⅠでも買わんのじゃないか”と言ってたんだ」
急に親爺が割り込んできた。
「ちょっと待ってよ」と遠野が言いスポーツ紙を広げ「ふぅ~ん。これじゃあな。「維ソ新の会」の馬場じゃないが『ざっと詳らか』にすれば若手・坂井のホールネスの単複しか買いようがないな。“安倍一強”は終熄したが“ノーザン一強”はさらに強度を増したってことか」
「ホールネスは分かりますが馬場うんぬんはどういう意味ですか?」
声は横山に代わった。
「総選挙後の党首討論で維新の会の馬場が石破に対して『政務活動費の使い途をざっとで結構ですから詳らかに説明して下さい』と質問。石破から『ざっとでは詳らかにできませんが』とおちょくられてな。以前には『喧々諤々の議論を』なんてほざいていたが喧々は囂々で諤々なら侃々だろ。間違いと勘違いはどこにでもあるが、多少なりとも権力を握った人間の勘違いは大迷惑ってこと」
「アハッ。だからバカに権力を与えてはいかん。そうだよな!とのさん」
今度は親爺だ。
「馬場だけじゃない。衆院に鞍替えを狙った丸川(珠代)に音喜多(駿)、世襲候補・二階伸康……。こいつら落選組は自業自得の勘違いだが最も危険な勘違いは立憲の野田だな。『自公を過半数割れに追い込んだだから民意は政権交代にある』とか宣い『首班指名では自分に』なんて多数工作を目論んでいるが立憲の比例票なんて前回とあまり変わらんし自公が自滅しただけ。それを偉そうに」
「その通り。赤旗の非公認議員への2000万配り報道がダメ押し。殊勲甲は共産党だな。うん」と親爺。
「俺も目すりになったよ。二階堂さんの薫陶を受けた森山なら石破を、自民党をうまく操れると期待してたのにあのザマじゃ。石破も舌の根の乾かぬうちに方針転換するしホトホト嫌になっちゃうよ。せめての救いはまんまと安倍一派を散り散りにしたことかな。ついでで言えば、折角、安倍を国賊呼ばわりした村上が総務大臣になったのだから過去の高市発言や公文書捏造疑惑を再調査も願うよ。ま、期待できないか」
チョッピリ落ち着いたところで浦河から送ってもらったイクラをスプーンで掬い口に運んだ。プチプチと粘りのバランスが最高だ。
「冷酒?ぼつぼつ熱燗が旨いんじゃない」
「面倒くさいし火元に近づけないからなぁ。行けるようになったら「千寿」の熱燗頼むよ。おまさちゃんの酌でな」
「そん時は唐墨も用意できるはず。待ってるわ。あ、そうそう。おまさちゃんも憤慨してたけど例の強姦検事。『あんなのが森友問題やらの指揮を執っていたなんてフザけるにも程がある。加計学園問題もしかり』とな」
「加計学園だけど千葉科学大学の公立化はどうなってるのか。利権や不正が絡んでないか少しは『ザッツ』も取材したら、と井尻に伝えておいて。萩生田にも辿り着くかも知れんし」
「済みません。自分は何もできなくて」
横山が謝る。
「おいおい。横山君はそっちじゃなく競馬関係を頼むよ。“ノーザン王国の出来と未来”なんてノンフィクションができたら面白いと思うけど。尤も経費削減の折から取材費はアテにできないが」
「…………」
「安倍一強が崩れて政局も少しは緊張感を増しひっそりの“閣議決定”も減るだろうな。その点で言えば国民の玉木は功労者かも。あの男はもともと政権寄りの“ゆ党”だったし投票した連中も今の立ち位置を裏切りとは思わんだろ。少なくとも現時点では」
親爺の解説はテレビ局を梯子する廊下トンビの幇間解説者より的を射ている。あくまで遠野の見解では。もちろん“勘違い”かも知れないが。
「競馬界にも立憲や国民民主みたいな存在になる生産者や馬主さんが出てこないかね。外資でも構わん。やっぱ何でも緊張感がなければつまらん」
「とのさんが倒れて1年。この調子ならとのさんもまだまだ健在。近々会えそうな気がしてきたよ。養生してね。アハッ。じゃあまた」
「横山君によろ……」で電話は切れた。
源田威一郎
GENDA ICHIRO
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。