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競馬コラム

心地好い居酒屋

2022年11月23日(水)更新

心地好い居酒屋:第125話

  寒い――。猛暑が終わりコロナがちょい治まっていた秋口はクリニックに通い、ちゃんと診断も受け処方箋を貰っていたし、“今月は郵送で”と一瞬、脳裏を過ぎったのだが、思い直した。来月はコロナに加えインフル流行の虞れも大。もっと寒くなるし“郵送はその時で十分。行けるうちに”と決断。重い、いや痛い腰を上げた。とにかく年寄りは何をするのも億劫になりがち。気胸持ちの肺気腫の身には有酸素運動が辛い。最近は息苦しさを増したのだ。


とはいえ<苦あれば楽あり>みたいなもんで、クリニックが終われば「頑鉄」がある。旨い酒と肴がある。肝胆相照らす仲の親爺がいる。<競馬命>の若者・横山の成長を見守るのも楽しい。いまだに慕ってくれる井尻と、その仲間とも会える。コロナ禍の今でこそ美人秘書とはご無沙汰だが、邪気がなく若くて可愛い梶谷の笑顔と酌も健在。その一時は痛痒、苦痛は感じず憂さも晴らせる。酒飲みって奴は都合のいい理由を思いつくのだから始末が悪い。ま、籠もって世情に鬱々するより、こんな日があった方が生きてる意味があるのかも知れないが…。


予定では5時到着だったのだが、電話はしていたのに診察は一時間余待ち。結局6時過ぎになっちまった。店に入るとすでにゲーム屋さんに、パンちゃんこと木村さん一行に、横山は当然ながらなんと梶谷までチョコンと座って焙じ茶を飲んでいた。嬉しい誤算ではある。


「遅かったじゃん」と親爺が言えば、梶谷は「心配してたんだから」と眉を顰め「でも会えて良かった。やっと飲める」と舌をチロリ。<顰みに倣う>という言葉もあるが、なるほど梶谷の顰みはゾクッとするほど。改めての魅力を覚えた。「ごめんごめん。やはり増えてきたなぁ。待合室は患者で溢れんばかり。こっちは予約時間前に診察券と保険証を出した後、看護師さんに断り近くの喫茶店で待機しててね。順番が近くなったら連絡くれるってことで」


「さすが遠野さん。普通はなかなか…。融通が利くんですね」。横山がフンフンと頷くと「長い付き合いだし、それだけとのさんとクリニック側の信頼があるってこと。横ちゃんよぉ!とのさんの我が儘と思っているんなら間違いだぞ」。親爺が諭した。横山がシュンとした表情から察するに、多少は“我が儘な”の含みがあったやも知れぬ。ここにも新たなる<忘年の交>が誕生したみたい。


「ねぇねぇ。それより早くお酒頂戴。今日は、まず熱燗ですよね」と梶谷が横向きに遠野に承諾を得る。遠野が頷くと同時に親爺が「分かってるよ。『千寿』の熱燗だろ」。“どうだ”と言わんばかりに胸を張った時、き~ちゃんが二合徳利2本を運んできた。付きだしは牛蒡と蒟蒻のキンピラに千枚漬けと蒲鉾だ。


 軽く乾杯の真似事の後、一口、二口飲んだ梶谷が「ああ美味しい。待ってた甲斐があったわ」と言い、続けて「無能無策だけならまだしも<小人閑居して不善を為す>で、わざわざ『行動制限はしません』と宣言をし、またまた税金とウイルスをバラ撒く『旅行支援』を始め『外でマスクは不要』とか広告を打つ始末でしょ。医療体制と薬が整っていれば、それはそれで“仕方ないかな”とは思うけど…。阿部さんの所なんて苦労してるんだから」


   珍しく不満の口火を切った。「完庶処」の事を気に掛けての憤激なのだろう。「暫く京子ちゃんに会ってねぇけど、体さえ元気なら何とかなるさ。俺が言ったって役には立たんし気休めにもならんが、よろしく伝えてよ」。親爺が梶谷を拝むようにする。


意味を理解していない横山はキョトンとして不安げに3人の顔を見渡していたが、梶谷が「あ、すみません。つい興奮してしまって。お馬さんの話もあるんでしょ」と詫びて残っていた酒を飲み干し猪口を横山に向けて差し出した。横山が救われたように酌をした。


「その行動制限の話ですが、外国人ジョッキーの来日を制限していたおかげで、折角日本の若手も芽を出し育ってきたというのにデムーロの弟を筆頭に出稼ぎの外国人がゾロゾロ。有力馬、人気馬に優先的に乗っちゃうんだから嫌になっちゃいます」「そのデムーロは先々週の斜行で騎乗停止。いくら行動制限なしといっても、狭い所を強引に割り込んで他馬の進路を邪魔する行動は制限が必要だろ。とのさんが危惧していた通りで“審議”もなく『後ほどパトロールフィルムを放映します』でチョン。嘆かわしい世の中になったもんだ」


「制限なしで大被害だったのが丹内騎手。新潟最終日の“千直”で落馬。顔面骨折の重傷を負っていまだ療養中。加害馬の杉村はもちろん騎乗停止。落馬事故でも“審議”なしは腑に落ちません。自分が思うに当時大外にいた今村聖奈の馬も被害を受けたんですが、その時の恐怖とショックは尋常一様ではなかったんじゃないかと」「そうそう。横ちゃんが、その後の聖奈ちゃんのレース振りと結果を見て“やはり心の傷が癒えてないみたい”と。確かにあの事故の後、その日の最終で外枠から逃げ切った後は3週間未勝利。馬込みから抜け出す競馬はゼロだもんな」。横山に洗脳されたのか親爺が相槌を打つ。


「で、その問題はデムーロの斜行を含め紙面で読者に提供したの?」「いえ。それが…。部長の許可が得られなくて」。横山が申し訳なさそうに俯いた。「<泣く子とノーザンには逆らえない>が定番だったが、それに大口出稿の競馬会も加わったか」。遠野は、はぁ~と溜め息をつき、梶谷の酌を受けた。


「横ちゃんを責めてる訳じゃないからな。21世紀、いや平成以降の日本人はお上の言いなり。統一教会の被害者保護法案だってどうなることやらだ」。親爺が慰め、話を逸らす。


「ザルだろザル法。なんたって自民党の政調会長が統一教会とズブズブの萩生田。コロナ担当があの山際。以前は下村も政調会長をしていたはずだし、その下村が文科大臣の時に統一教会の名前変更が認められただろ。あんな連中を中枢から排除できない以上、政府、いや、自民党とお上はアテにできん」。遠野とて横山を責める積もりはサラサラない。気分良く飲むためにも改めて声をかけた。「ところで『ジャパンC』は何?『天皇賞』は大当たりだったじゃん。今週も頼むよ」。ところが返事は親爺の方が早かった。「清水さんの7回忌が終わり最後の勝負馬マカヒキも引退。一区切りついたところにドイツ馬が参戦。これも何かの因縁。清水さん本命ランドが勝っただろ。俺はテュネスから買うよ」


こんな人間が居るから生きて行けるし酒も旨い。親爺に感謝だ。

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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