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競馬コラム

心地好い居酒屋

2017年04月04日(火)更新

心地好い居酒屋:第17話

啓蟄もとうに過ぎ、冬眠中の虫どももぞろぞろ出てきたというのに遠野の〝床払い〟は遅々として進まず2月から3月にかけては入退院の繰り返し。

ようやく医者から外出のお墨付き(退院)をもらったのは3月も春分の日の翌々日22日のこと。それも「今月中は近くを散歩する程度にしといて下さい」との条件付きで。

早速「頑鉄」の親爺に電話をした。「心配かけてごめんね。なんとか這い出ることができそうだ。1週間ほど様子をみて、何もなければ来月早々の3日には顔を出すよ」。

ことの経緯は先刻承知の親爺だ。「良かったなぁ。どうなることかと心配で心配で…。来てくれるのは嬉しいけど無理はしないでよ」。

心の底から遠野の体調を思い遣っている気持ちが電話ごしに感じられる。有難いことだ。

いつもなら地下鉄日比谷線の築地駅から市場通り(新大橋通り)沿いを新富町方面に向かうのだが、この日は日曜までの花冷えが嘘のような好天気と暖かさ。早めに着いたことでもあり、地下鉄を降りると市場通りを渡り、聖路加病院方面に向かった。

100㍍ほど行くと最初の信号がある。そこからは明石町と名を変え、信号を過ぎ左折すると右に「都旧跡・浅野内匠頭邸跡」と書かれたに碑が建っており、道を隔てた左側の築地川公園は満開の桜で四方を囲まれている。

公園に入り゛今年も桜を観られた〟との思いで散策していると早くも桜が一ひら二ひらと舞い降りてきた。遠野はふと口ずさんだ。

<風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん>か…。

辞世の句を詠んだ内匠頭は当時34歳。旧暦の3月14日は現在なら4月の中旬、桜が散っていたのかも知れない。内匠頭にすれば、まさに<いかにとやせん>であったろう。

遠野は゛まだ早いかな〟と思いつつ、公園を通り抜け「頑鉄」に向かったのだが、着いてビックリ。なんと玄関脇の軒下に「本日 禁煙デー」の看板が。

引き戸を滑らすと、正面の壁には<4月より毎週金曜日~月曜日は禁煙デーと致します。ご了承下さい>と大きく書かれた紙が貼ってある。

そして、その下には小さく<愛煙家の皆さまには軒下に番台と灰皿を用意しています>――。暮れに茶懐石のお通しを止めたのを告知した時と同じ場所と要領だ。

遠野の病気のことを知っているのは井尻と親爺だけ。おそらく井尻が調べて肺気腫持ち、それも高齢者で手術寸前までいった「肺気胸」には喫煙はもちろん副流煙も厳禁だということを教えたのだろう。

眺めていると嬉しそうに親爺が寄ってきた。お互いポンポンと肩をたたき合いニッコリ。阿吽の呼吸で安堵した。遠野は紙を指さして「何だ?これ!。『頑鉄』も流れに逆らえないか?」。

本心では親爺に感謝し、生きる縁(よすが)ともなる親爺と、その対応に涙が出そうになったのだが、さあらぬ態で親爺に訊く。

「分煙がどうのこうのと料飲組合だの厚労省や保健所関係やらのアンケートがあったりで面倒臭くてよぉ。禁煙と喫煙の白黒をつけようと思って…」。親爺が照れながら苦しい答えを出す。

遠野は遠野で内心とは裏腹に「そうだな。喫煙日と禁煙日で売上の違いもはっきりするし」と恍けて言うと「いつまでも店をやる訳じゃないし、まして、とのさんが顔を出せなくなるようじゃね」。

「ありがとうな」と遠野が頭を下げた。チョッピリお互いの本音が出たところでカウンターに腰を下ろした。

二人で焙じ茶の香りを楽しみながら、遠野が患った「気胸」についての質疑応答が続いた。いつもの連中が入ってきたのは丁度6時。最初の客である。

まずは井尻がカウンターに足を運び「お疲れさまです。ホッとしました」と囁き、続けて「席に行きましょう」と。遠野が立ち上がると、今回は下川も参加しての総勢5人全員が「ご無沙汰してます」と頭を下げ、遠野が座るのを確認して全員がそれぞれの席に落ち着いた。

仲居が差し出したお絞りを掴むやいなや、珍しく下川が口火を切った。来る途中も話は弾んでいたのだろう。注文は二の次で「自業自得とはいえ別部さんも哀れですよね。訪問する先々でけんもほろろの扱いを受けたみたいですよ」。喜んでいる口ぶりだ。刈田が「鼻でフン忠臣蔵ってやつだな」と突っ込む。

井尻から電話で聞いた話では3月中に組織改編があり「部」が「局」となり広告部は広告局となり別部は広告局・開発部長を拝命したとか。ちなみに編集局長は甘方で井尻は編集局・社会部長だ。それはともかく、別部は新しい肩書を使い喜々として新旧のクライアント回りをしたのだが「部長」は屁の突っ張りにもならず、ほとんどの会社が〝それがどうした〟だったらしい。

「広告の椎名に聞いたんですが゛バカにしやがって〟と喚いていたってんですから笑えますよ」。「それより鼻でフン忠臣蔵って何ですか?」と横山。

「シャレだよシャレ。せせら笑うことを〝鼻でフン〟と表現するだろ。忠臣蔵の正式名・仮名手本忠臣蔵との語呂合わせだよ」「どうして仮名手本ですか?」。刈田の言葉に横山が食い下がる。下川も聞きたいって感じで頷く。

話題が急変したところに、焼酎にビール、そして遠野と梶谷用には朝日酒造の季節限定品の日本酒「桜日和」が。もちろん差し入れした親爺付きだ。

まずは乾杯の真似ごとをした後、刈田が説明を始めた。「読んだ通りで〝ひらがな〟を手本にしているからだよ。〝かな〟が47文字なら赤穂浪士は47士。問題はここからだ」と言って吉四六のロックを口にする。

「〝いろはにほへと〟から最後まで7文字づつ順番に書いてみな」。二人が書いてる間、余裕でお通しの蛍イカを摘まんだ。

「できたか?じゃあ一番下の字だけを順に読んだらどうなる?」。二人はカタコトで声を出した。「と・か・な・く・て・し・す」。「そう。すっと読むと、とが(咎)なくて死す。幕府の切腹命令を皮肉った人形浄瑠璃だったわけ。だから仮名手本なんだ」。やや得意気ではある。

「そうかぁ」と二人して納得したようだが、好奇心旺盛な横山は「でも〝ん〟はどうなるんですか?」「そ、それはだなあ」と刈田が口ごもり、井尻に助けを求めた。

「要するに〝運(ん)〟がなかったってことじゃないか。ほら、主な人間の名前だって浅野内匠頭、大石内蔵助、堀部安兵衛、吉良上野介…。皆、〝ん〟が付いてないだろ」

「さすが部長!」と拍手したのは何と親爺だった。昨日のGⅠは大好きなキタサ〝ン〟ブラックから買って儲かったらしい。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。