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競馬コラム

心地好い居酒屋

2016年12月07日(水)更新

心地好い居酒屋:第11話

冷たい雨で始まった師走だが、幸いにも午後には上がり翌2日の金曜日も好天で、いいお出かけ日和となった。

遠野は〝日曜日も晴れてくれれば親爺を清水の墓参りに誘ってみよう〟と思い「頑鉄」の引き戸を滑らした。入ってびっくり。ほぼ満席状態で親爺も料理を運んでいたのだ。

遠野の顔を見るなり、顎をしゃくってカウンターに向けた。言われるまでもなく一人カウンターに向かうと、一番奥の席には常連の木村と、その仲間2人が居て鱈ちりを囲んでいる。

木村が手を挙げ「遠野さん!お久しぶりです。ご一緒しませんか」と声をかけてきた。

「後でね」と応え、土間の右奥にある熱いお絞りを取り出し、振り広げながらカウンターに腰を下ろした。冷えた顔と手を暖めたところへ親爺が寄ってきた。

「すんませんね。慌ただしくて」と言いながらも顔は笑っている。「大繁盛で結構なことだよ。ところでジャパンCはどうした?」。

すると、待ってましたとばかりに「ヘヘっ。ちゃんと取りました。儲けは少ないけどサブちゃんの馬が勝ったのが嬉しくて」。

店が混んでるのもさることながら、自分の判断で馬券が当たったのだから上機嫌だ。

聞くと宣言通りキタサンブラックから社台関係馬主の5頭に馬連を2000円づつ、3連複はその6頭ボックスを1000円づつ買ったそうだ。投資3万円で配当は5万1400円也。

「中途半端な額で言い訳のようだけど、エリザベス女王杯は予算(GⅠ3万円)を5000円オーバーしたので調整したってこと」

「言い訳じゃないよ。立派なもんだ。親爺は凄い。料理もギャンブルも、頑なに信念を貫いているもんな」と褒めながら〝お通し〟(下ろし大根の上に生イクラを載っけている)に箸をつける。

「とのさんに、そう言ってもらうと、またまた嬉しくなっちゃうな」と満面の笑み。手酌で熱燗を飲みながら、遠野のイクラが無くなったのを確認してから「おいおい!あれを出してくれ」と仲居に指示した。

運ばれてきたのは〝鮎のうるか〟だ。「ほら、後の木村さんのお土産でね。『是非遠野さんにも食べてもらって』と」。「お、いい色あいだ。旨そうだなあ」。

遠野の顔が綻び、振り返って「ご馳走になります」と頭を下げ「俺あっちの席に行くわ」。親爺に言い置き、箸とうるかの小鉢を持って移動した。

本来なら居酒屋での〝他座献酬〟はご法度だが、親爺も忙しそうだし、知らぬ仲でもない。誘われたことでもあり木村達と合流した。

「ありがとう。お邪魔します」と言って座ると、木村は猪口を持ってこさせ「まずは一献」と熱燗を注いだ。

それを受けた遠野は、うるかを口に入れ舐めるように舌の上で転がし、丁寧に味わった。「旨い!」。思わず声が出た。

「天然鮎のそれも自家製ですからね」。木村も満足気だ。苦さと香り、それに塩味が絶妙に絡み合っている。小骨の歯触りもいい。

「どこに行ったの?」。遠野が訊く。

「実は先月27日の山頭火祭に合わせ、保養を兼ねて湯布院(湯平温泉)に。ええ、2泊3日で」。それで、と目で先を促した。

「翌日、たまたま昼飯で入った川魚料理屋のメニューに載っていて」。遠野は聞きながら熱燗を注文する。

「何年か前、遠野さんから『これが本物のうるかだ』とご馳走になったことがありましたが、そこのがその通りでそりゃあ美味しかった。

お土産も用意できる、というので買ってきた次第です」。「いやいや久々に(自分にとっての)本物を味わいました。重かったでしょうに、ありがとうございます。じゃあ当然昼から酒ですか」と遠野。

「鯉の洗いもあったし、それで季節限定かどうか知りませんが〝山頭火〟という銘柄の純米吟醸を…。

句碑に刻まれた< しぐるるや 人の情けに 涙ぐむ >を読んだ後は、少々感傷に浸っていたのですが、心地よく酔ってしまいました」と苦笑いする。

「へぇ。そんな句碑があるんですか。放浪の俳人と呼ばれた苦労人だけに身につまされるし、情景が目に浮かびますね」。句心はないが、山頭火についてその程度はウロ覚えで知っている。

ところが木村は遠野が詳しいと思ったのか「韻を踏まない句も多く、俳諧の異端児とも呼ばれた山頭火は山口生まれ。幼いころは裕福な家で…」と始まった。

一緒に行った他の2人は相槌を打ちながら残り少ない鱈ちりを食っている。遠野は長くなりそうな予感がして内心〝やぶ蛇だったか〟と浅薄な発言を反省したが、そこへタイミング良く、親爺の「らっしゃい」の声に導かれて、井尻と刈田が唯一空いていた隣の予約席についた。「遅かったな。ちょっと待ってな」と言いながら井尻を手で制し、木村の話が一段落つくのを見計らい「ご馳走さんでした」と声をかけ、隣に移った。

遠野は改めて千寿の熱燗とブリ大根を注文「ところで横山って若いのはどうした?」。

「そのことでお願いですが、あいつ念願の編集3課レース係に移動になって金曜日は早くても9時まではかかるので、『月曜日か火曜日に連れてって下さい』と頼まれまして。

遠野さんにお会いしたいみたいなんです」「別に構わんよ。親爺の師匠だしな。近いうちに電話するよ」と請け負ったところに隣の3人が立ち上がった。「お先に」「ご馳走さん」で別れた。

「珍しいですね。遠野さんが『ご馳走さん』とは。奢り酒じゃないですよね」。井尻が不審そうに訊いてきた。

「うん。今のか?そうだな、< 落ち鮎が 師走に残した 宝物 >ってとこかな」。ますます怪訝そうな顔になった。

そこへ親爺自らブリ大根を運んで来て、そのまま座り込んだ。「迷惑だったかな木村さんのこと」

「そんな気にしなさんな。うるかを食べられたし楽しかったよ。それにしても世の中面白いな。同じ日、同じ時刻に方やジャパンCで固唾を飲み、一方では温泉町の句碑に心を揺さぶられている人もいる。それが時間を経て、今度は同じ場所で酒を酌み交わすとはね」。

遠野にしては意外な科白だが、それを聞いた親爺が神妙な面持ちで「生きていればこそだよ…」。これまた思わぬ反応だ。

続けて「そうそう、明後日4日は日曜日の命日だし、良かったら清水さんの墓参りに連れてってくんない。俺、場所知らないもん」と。

「有難う。じゃあ1時に新宿ということで。当日また連絡するよ」。遠野にすれば願ったり叶ったりの展開になった。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。