競馬JAPAN

協力:
  • Googleログイン
  • ログイン
  • 無料会員登録
  1. 心地好い居酒屋:第10話
  2. RSSフィード ツイッター YouTube はてなブックマーク

馬券に直結!週末予想コンテンツ

スッパ抜き本舗競馬ウィキリークス 昨年の覇者モーニンに、2、3年前の覇者コパノリッキー、昨年末のチャンピオンズ...
続きを読む

ちょっとブレイク♪競馬周辺小説

居心地の好い居酒屋 雨水(18日)から啓蟄(3月5日)に向かう直前の17日金曜日は〝春一番〟...
続きを読む

競馬JAPANブログ開設!

競馬JAPANブログ競馬JAPAN編集部より、アナタの現場力を3倍高めるブログがついに始動! ...
続きを読む

【PR】岡田牧雄の一口馬主クラブ

ノルマンディ―岡田牧雄の所属馬・生産馬情報も配信!特典満載の¥0メール会員募集中! ...
続きを読む

競馬コラム

心地好い居酒屋

2016年11月22日(火)更新

心地好い居酒屋:第10話

立冬が過ぎ、間もなく小雪(22日~)。日の短さとともに、年寄りには夜の冷気が身にしみる季節となったが、風さえなければまだまだコート、マフラーは不要。

遠野は昼間に温められた空気が微かに漂っている18日(金曜日)、日没直後に「頑鉄」を訪れた。

店に入ると、小上がりの正面付近の壁にいつもと違う貼り紙が目についた。

<今週をもって茶懐石のお通しは取りやめ、お通しは一品=300円といたします。ご了承ください>

〝この間の話を早速か〟と思いつつカウンターに近づこうとすると、珍しく親爺は立ち上がり、遠野の方に歩み寄ってきて、貼り紙を指さし「これでいいかね?」と。

「いつから?」「今週の頭から」「ふ~ん」。肩を並べてカウンターに向かった。

「で、お客さんの反応はどうなの」。「さぁてね『楽しみが減るなぁ』と残念がってくれる人もいれば、とのさんと同じ答えをする人もいるし、まぁ半分は無反応だね」と首をひねった。

遠野は〝とりあえず〟のサッポロ黒ラベルを親爺のグラスに注ぎ、親爺の手を制して自らのグラスに注ぎながら「親爺は寂しいだろうが少なくとも無反応の殆んどは内心喜んでるんじゃないか。特に3、4人以上でくる連中は…」。

親爺は口に運びかけたグラスの手を止めて、怪訝そうに遠野を見た。

「親爺の気持ちは分かる。よほどの常連かしっかりした会社じゃない限りカードか現金払いだし、確かに客筋はいい。でも座るだけで800円(お通し)は引ける客もいたと思うよ」。

親爺はビールを飲み干したものの相変わらず無言だ。

「例えば井尻だ。あいつは子供もいないしカミサンも働いているから多少の余裕はある。かといってここの飲食代すべてを毎回持ってる訳じゃない。お通しの800円(800Χ4=3200円)だけはいつも奢りだけどな。それが300円なら大助かり。好きな料理をいつもより一品多く頼めるしな。いやいや井尻が愚痴ってたんじゃないぞ」と念を押し、ふと親爺に目を向けると手酌で熱燗を飲み始めている。似合わないが、一人娘を嫁にやった晩のような哀愁を醸している。

30年近く続けてきたのだから、よほどの愛着と拘りがあったのは間違いない。とはいえ切り替えが早いのも親爺のいいところで商売人でもある。

「そう言われればそうかな。今週に入って忘年会の予約が例年より増えたのも〝お通し〟のせいかもしれんな」。

意外と素直に頷き、サバサバとした表情で「でね。実質的には今日が茶懐石の最後だろ。何にするか迷った末に思い立ったのが…」と勿体つけた後、「とのさんのはまだか?」。

板さんに声をかけたと同時に仲居が運んできた。「覚えてるだろ」

見ると椀は島鯵のアラのお吸い物。三菜は胡麻豆腐、衣被に秋刀魚のワタ醤油焼き。

「清水さんが初めて来た時の献立かぁ。親爺は偉い!」。〝もしかしたら〟の予感はあったものの遠野は褒めた。

「さすがに18年前みたいに胡麻豆腐は自家製じゃないけど」。親爺嬉しそうだ。

「吉野の本葛はもちろんだが、清水さんの椀の逸話には恐れ入ったね。あれ以来俺も旨い椀を提供できるよう努力してきたからね」と。

清水も池波正太郎の著作から知ったらしいが、いわく「普段は質素な家康が茶会に諸大名を招いた時、本多正純が『もったいない』と反対したのにもかかわらず、椀だけで20種類も作らせたとか。

『20の内には出来栄えのいいのが2つや3つはあるものだ。正純は料理の嗜みがないから、そのようなことを申すのじゃ』と家康は叱責したらしい。親爺も励めよ」と言うと、親爺は演技がかって「ははあ」と両手をつき頭を下げた。

和気藹藹、役に立つ会話と笑い声が絶えなかった穏やかな18年前のあの日は、もう戻ってこない。

「ところで、この間の『得月』の払いはどうなった?取りあえず半分ほど出させてもらおうか」。

遠野がポケットに手を入れようとすると、親爺は〝いやいや〟と手を振った後、千寿(久保田)」の熱燗を遠野に注いだ。

「実は…〝知ったかさん〟が『今日のは自分に回して』と言うから、その積りだったんだが、もちろん仕入れ値でね」。遠野は柳葉魚を頭からかぶりつきながら、うんうんと頷き先を促す。

「へへっ」とハゲ頭をたたきながら「エリザベス女王杯の馬連を1000円取っちゃって。これも〝知ったかさん〟が連れてきた横山って若い社員のおかげだし、それにコッソリ紹介してくれるのも親爺冥利に尽きるし、ご祝儀の積りで俺の奢りってことに」。

梶谷という綺麗な女性が「美味しい」を連発したのも〝奢り〟の要因の一つかも。

聞くと社台系の5頭の相関図の欄外に?が付いていたグリーンファームのマキシムドパリを加えた6頭ボックスの馬連と3連複を1000円ずつ買ったとか。

3万5千円が14万弱に増えたのだから立派。話の流れで「ジャパンCはどうすんの?」と遠野が訊くと「やはり社台には逆らえないけど当たっても喜び半減で…。今度はサブちゃんの馬から社台に流し、後は社台の頭数次第だけどボックスを買うかどうかだな」

そうこうしてる内に一組、二組と客が入ってきたが、今週は初めてなのだろう。上がる前にまずは貼り紙の前で立ち止まっているようだ。

親爺は「らっしゃい」と声を出した後は、息を詰めている。〝頃や良し〟と遠野は立ち上がり「今日は帰るわ。雨も降りそうだし、あいつらが来たら年寄りは遅くまで飲めんからと言っといて」と手を振り、新規の客に「お先です」と声をかけ外に出た。

遠野は冷え込んできた市場通りを歩きながら、ふと思った。

「ジャパンCは世界の経済情勢と連動する事もあるぞ」と独自の見解を披露、人気薄で勝った外国馬ランドやファルブラヴ、ゴールデンフェザントに◎を打った清水。

EU問題やTPP、トランプ大統領の誕生などで…保護主義か自由主義かで揺れる2016年。生きていたらどう読み取ってどんな予想しただろうか。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。