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競馬コラム

心地好い居酒屋

2018年01月30日(火)更新

心地好い居酒屋:第35話

先人の知恵や言い伝え、諺……を甘くみちゃあいけない。昨暮れの“7つ下がりの雨~”で懲りた遠野は、律儀に教えを守った。今年の二十四節気の小寒→大寒は、まさに読んで字の如しで、寒い日が続いた。風邪が厳禁の身とあって12日以降も極力外出を控え、養生を心がけたのだ。

その12日の飲み会後に井尻から「22日にウチの連中と飲んでやって下さい。横山も楽しみにしてますので」と頼まれたのだが「約束はできないな。体調と天気次第で、ということにしておこう」。素っ気ない答えだったが、お互いに大正解で、親爺にとっても大助かり。何せ、あの大雪だ。約束を守ろうにも守れないし、親爺だって仕入れがパーになりかねなかった。“約束”ってのは本当に難しい。

そして改めて決まったのが29日という訳だ。我慢、節制があればいいこともある。最近では珍しく昼間は10度前後まで上がり、少なくとも凍死の心配はしなくて済んだ。「頑鉄」に着いたのは6時前だが、すでに横山だけは到着していて指定席に座り、お茶を飲みながら「ザッツ築地」を読んでいた。<ふ~ん。本当に横山は俺と話がしたいんだ>。嬉しくもあり、寒さも忘れ、つい顔が綻んだ。

「おっ。早いね。おめでとう」。遠野が声をかけると、ビクッとした感じで顔を上げ、同時に立ち上がって「失礼しました。おめでとうございます。今年もどうぞよろしく」と返し、バカ丁寧にお辞儀をする。

「おいおい。そんなに畏まってると酒もまずくなるぞ」と言いながら、横山の後ろを回って自席に着き、横山に向かって前に座るよう指さした。「久し振りだね。どう?取材は進んでる?」「ええ。ジャパンCの次の日以来で、約二ヶ月になりますが、なかなか進展もなくて申し訳ありません」。恐縮の態だ。

遠野は気分を変えるべく親爺を呼び「千寿」の熱燗を注文。横山にも「たまには日本酒も飲んだら」と勧め「猪口は二つね」。「ほう、珍しい」と言いながら猪口と一緒にお通し=タコの唐揚げと芹の白和えを持ってきた。

普通なら正月の挨拶がなかったことに気付くところだが、今日の横山には、そんな余裕はない。遠野と親爺は、すでに12日に会い、挨拶は済ませているだけに、ついウッカリ忘れてしまった。これじゃあ、金曜日の飲み会も、いつかは知られることになるだろうし、ボツボツ井尻と梶谷には、それとなく伝えておこうと思った。

「さあ、一杯いこう」。遠野が酌をすると「いただきます」と言いグビッと飲み込んだが、思わずムフッとむせ込みながらも「美味しいです。食道を通って胃の中に入っていくのが分かります」「たまには日本酒もいいだろ。ほい、かけつけ3杯だ」と言って徳利を持ち上げた。

横山は刺し身の盛り合わせの中から関サバを摘まみながら口を開いた。「社台がクラブを立ち上げた当初、やはりマスコミを手の内に入れたというか、味方にしたのが良かったんじゃないですかね」。遠野は鯛の刺し身を口に入れ、黙って先を促した。「権力にベッタリ記者がいるように当時、社台の馬なら◎というスポーツ紙のベッタリ記者が居て、なんでも年度代表馬の選考でも一人だけ社台の馬に投票したとか…」。遠野は静かに白和えの食材に箸をつけ「こんな名前の男だったかな。ま、善哉さんが頼んだ訳じゃないんだろうが、今風に言えば“忖度”か」と言い、続けて「あの巨泉さんだって社台の宣伝に一役買ったと思うぞ。もっとも、本人にそんな気はなかったかもしれないが」。

<どんな意味だろうか>怪訝そうな顔をする横山に「クラブができた時、巨泉さんが本か新聞かラジオでだったか“これだ!ハタと膝を打った”とベタ褒めしてな」。春の息吹を感じさせるさわやかな芹の香りとは裏腹に、遠野にしてみれば納得のいかないイヤな記憶が甦った。横山は依然として真意が分からないまま手酌で飲んでいる。親爺は“おまさちゃん”が未到着だし、今週は馬券を買う積もりもないから、新しい客と調理場を行き来し、手が空くと外へ。恐らく喫煙だろう。

「巨泉さんはどちらかというとクラブ馬主制度には批判的でな。オーナーは牧場から買った値段に下駄をはかせて会員に売ってるんじゃないか、という危惧を持ってたんだ。しかし“牧場直営なら原価で済むし明朗会計だ”とね」。

黙って聞いていた横山が、問いかけてきた。「それって正論のようでいて不公平ですよね。だって直営といったって自分ちで値段を付けるんですから」「その通り」。思わず横山に拍手をしてやりたくなった。「ま、結果として社台の馬は走ったから今があるんだけど、その分、馬の値段も上がって、個人馬主が少なくなったのは寂しい限りだよ」。ふぅ~てな感じで二人、顔を合わせた所に下川を除く3人が入ってきた。

「明けましておめでとうございます」。親爺と遠野に向かって最初に挨拶をしたのは、なんと梶谷で、頭を下げた後、さっさと歩き当たり前のように遠野の隣に座った。「お久し振りです。お馬さんの話は終わりましたか」とニッコリ。相変わらず邪気のない笑顔だ。

梶谷の到着を待っていたかのように新しい刺し身と鮃の薄造りが運ばれてきた。もちろん熱燗と猪口、そして親爺まで。全員が揃ったところで改めて乾杯となったが、突如「おっと。とのさんの湯豆腐を忘れてた」。親爺、慌てて立ち上がり焜炉と湯鍋を抱えて戻ってきて遠野と梶谷の間に置いた。

<湯豆腐や いのちのはての うすあかり>――か。ボソッと出たのだが、隣の梶谷が聞き咎め「あら。雰囲気に合わないですよ。楽しく飲みましょ。お願い」と。「ごめんごめん。体の芯から温まろうと思って…」。繕ってはみたものの、まさか久保田万太郎の晩年の句を知っていたとは。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。