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競馬コラム

心地好い居酒屋

2017年10月18日(水)更新

心地好い居酒屋:第29話

冬を思わせる寒さに見舞われた13日。そういえば例のメンバーで珍しく2週連続での飲み会のきっかけとなった先週金曜日も寒く、おまけに大雨だった。遠野は一人カウンターに座り、こうなった経緯を振り返った―。

誰もが(?)待ちわびていた6日は急激な冷え込みと大雨警報が出るほどの悪天候。それでも遠野は、キャンセル覚悟で、いつも通り一番乗り。親爺に「誰かから問い合わせとか『行けない』なんての連絡なかった?」。訊くと「別に。おまさちゃんと京子ちゃんが楽しみにしているのは間違いないし、来るだろ。オレはその積もりで拵えているから」。絶対の信頼を置いている。「だってよ。とのさんだって、こうして何も言わず来てるじゃん」。

確かに6時になっても連絡がないってことは来店するはず。とはいえ、だんだん強くなる雨足に親爺には多少の焦りはあるようで落ち着かない。遠野は熱いお茶を飲みながらカウンターの「優馬」を広げ「そうかぁ。今週は三日競馬か」。呟いた途端に雨音が大きくなった。扉が開いたのだ。同時に「今晩は!お久しぶりです」。美人秘書が現れた。

年寄り二人は思わず「おっ」と言うなり振り向いて手招きした。仲居がレインコートを脱がしてやると、「有り難うございます」と頭を下げカウンターに寄ってきた。

「おっつけ井尻もおまさちゃんも来るだろうし席に行こう」。遠野が自ら立ち上がり二人を促し移動した。先に上がった遠野が秘書を見ると下は細めのパンツを雨用のブーツの中に押し込んでいる。“やはりどんなに雨が降っても来る積もりだったんだ”。改めて感心し、壁側に陣取った。美人秘書が対面に座り、親爺が小上がりの縁に腰掛けた時、二人が「お待たせしました」と言いながら入ってきた。井尻はともかく梶谷も秘書同様、コートを羽織り、下はブーツだ。

全員が席についたところで3人が申し合わせたように、遠野を見詰め「雨の中、遠いところをお付き合い下さって有り難うございます」と。「おいおい勘弁してくれ。こっちこそ。暇なおじさんに付き合ってくれて感謝感謝だよ。なぁ親爺!」「へへっ。この雨と寒さだろ。とのさんは、京子ちゃんとおまさちゃんの事を心配していたけど、オレは皆さん全員に確信があったね」。親爺、得意気だ。

「ところで『得月』はどうした?」「任せなさい!5本確保したから」。胸を叩き、早速「はい、どうぞ!去年おまさちゃんが始めてウチに来た時に飲んだ酒」。まずは梶谷に酌をし、秘書、遠野にまで手を伸ばし、そのまま梶谷に渡しグラスを差し出した。井尻はビールだ。行き届いたところで「皆さんお疲れさま。今日はありがとうございます」。なんと親爺の発声で乾杯の真似事となった。

秘書が一気に飲み干す。隣の井尻が「9月限定の出荷らしいんです」と説明しながら酌をする。そこへ茄子と湯葉に隠元の炊き合わせが。紫と白に緑の配置が見事だ。遠野もびっくりだが、女性二人は「綺麗!」と感嘆の声。続いてお吸い物。刺し身は生のメバチ鮪にヒラメとノドグロだ。

「豪華だねぇ親爺。これじゃあ暮れに止めた“ふところかいせき(懐石)”どころか会席だよ。まさか土瓶蒸しまで用意してないだろうな」。遠野が板場を向き、わざとらしく鼻をピクピクさせる。「その、まさかだけど…」と答えた時、仲居が松茸の香りと一緒にやってきた。親爺の信頼と心意気が伝わる。“まさしく本物だ”と感心しつつ、遠野が土瓶の上の杯をとり、汁を注ぎ、少しだけスダチを垂らし一杯飲み、思わず「旨い!」。それから蓋を開け中を覗くと、ご丁寧にハモが使われている。

酒も箸も進んでいる秘書は「心も体も暖まる美味しさです。オジさんありがとう」。「ホント。私、初めてかも」梶谷が続ける。「京子ちゃんやおまさちゃんに喜んで貰うと待ち甲斐、作り甲斐があるってもんでね」。親爺も本望のようだが、遠野にすれば“キャンセルだったらどうする積もりだったんだよ”だ。そんな思いを見透かしたかのように親爺が言った。

「ほれ。昔、清水さんが“なんちゃらの信”を教えてくれたことがあったろ。ちょうど大雨だし、それを思い出して…」「“尾生の信”か?」「あ、それそれ」。親爺、一人で納得している。残り3人は??。井尻が代表して「どういう意味ですか」。「論語に出てくる話でな。尾生という青年が女性と橋の下で会う約束をしたが、大雨で来られなくなって。それでも待ってると川の水嵩が増してきて…」。遠野は一息入れキンキの煮付けを食べ、酒をグイと。つられて耳を傾けていた全員が酒と一緒に思い思いの料理に箸をつけた。

「結局は橋脚にしがみついて待ち続けたが、流されて死んだ、ってこと。ま、相手をそれだけ信用していたし、死んでも約束を守る律儀な男の代名詞になってはいるが、逆に融通のきかない男との説もある。いずれにせよ興味があれば暇な時にスマホで調べてみれば」

黙って聞いていた秘書は「だから、おじさんが『全員に確信があった』って言ったんだ。私、何のことかピンとこなくて。だいたい、よほどのことがない限り、この飲み会のキャンセルという選択はありませんから。“梶”もそうだよね」。話を振られた梶谷はグラスの酒を一気飲みして頷く。

それからは飲んで食って大団欒。しばらくして親爺3本目の「得月」を板場から持ってくるなり「今日はこの一本でおしまい。後2本はとっとくから今度ね」。すると秘書が発言。「あら、今度とお化けは出たことがない、と聞いてます。先月は飲み会なかったし、“今度”じゃなくて来週はどうですか」。親爺、ハタと膝を打って「それがいい。決まりだな」。一瞬、戸惑った様子の井尻だが、秘書の「そうそう来週は甘方局長が来社する予定だし、その時の様子もできる範囲で報告したいし」の一言で「じゃあ7時をメドに」と井尻。

楽しい時間は早い―。あっという間に10時を回ったが、親爺に抜かりはない。「10時半に知り合いの個人を頼んでおいたから。この調子じゃあタクシーも拾えないだろ。東京駅に行くなり横浜まで帰るなり後はとのさんに任せるよ」。美人秘書の一言で2週連続となったのだ。それにしてもあの日の親爺は凄かった。頑固で粋…。人を見る目も半端じゃないことを証明した。“親爺とは長く付き合えそうだな”と一人微笑んだところへ秘書が入ってきた。今日は厚手のコートにブーツ。首にはマフラーを巻いている。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。