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競馬コラム

心地好い居酒屋

2017年06月07日(水)更新

心地好い居酒屋:第21話

「頑鉄」の親爺から電話が入ったのは5月30日の午後2時過ぎ。店のランチタイムも終わったのだろう。「あ、とのさん。今、大丈夫?いやね、今度の日曜日は清水さんの月命日だろ。とのさんの調子が良くて、天気なら墓参りに連れて行ってもらおうかな、と思って……」。

恐らく外の縁台で一服しているのだろう。ふぅ~と煙を吐き出している姿が目に浮かんだ。遠野は「ダービー」の結果でも訊いてきたのかと思っただけに、ちょっぴり“申し訳ない”気持ちになり「ありがとね。俺もどうしょうかと考えていたんだが、ご承知の通り駅からお寺までと墓地に入っての坂がなぁ。リハビリにはきつ過ぎるし、4日はやめるわ」。丁重に断った。遠野も忘れちゃいないが、親爺が仕事を休める日曜日の4日というのは昨暮れ12月4日に訪れて以来でちょうど半年になる。

そして5日の月曜日。遠野が「頑鉄」に顔を出すと、親爺は縁台に座り、紫煙をくゆらせながら“今や遅し”とばかりに待ち構えていた。「ごめんね昨日は行けなくて。でも、心のこもった供養があれば墓の前じゃなくても親爺の気持ちは清水さんにも伝わると思うよ」と遠野から声をかけた。

「いやいや、とのさんが謝ることじゃないし、とのさんからそう言って貰えれば俺の気持ちも落ち着くんだ」。親爺、ほっとした表情に変わった。「静かな雰囲気で立派なお寺だけど、驚いたのは線香の値段だね」。遠野が庫裏に回り線香代2束に1000円払ったことを思い出したみたいだ。

「いやいや。あれは違う。俺だけじゃなく誰でも線香を所望し値段を聞けば、“お裏さん“は『お気持ち』でと答えるさ。だから500円でも100円でもいいってこと」と遠野が説明した。「”お裏さん“?」「あ、俺もはっきりは知らないけど、真言宗では住職の奥さんのことらしく、浄土真宗では”坊守さん“と呼ぶらしい」「どうりで…」「ん?」「いや、上品そうで綺麗だったもんな」。やや照れ気味にハゲ頭を叩く親爺を見て「それに、値段を決めれば商売で税金がかかるけど、お気持ちならお布施で無税なんじゃないかな」と言った瞬間、雷鳴が轟いた。「おっ一雨きそうだ」。どちらともなくて言いながら店に入った。

二人してカウンターに腰を下ろすと、板場から「今、枝豆やってますんで」と元気な声が。「もう、そんな季節か…。枝豆ならビールを、と言いたいところだが、やはり冷酒にするわ。親爺に任せる」。遠野が言うと、親爺はその積もりでいたのか見慣れぬ4合瓶を持ってきた。見ると大分の酒「智恵美人」の純米大吟醸だ。

なかなか手に入り辛いのだが、さり気なく出すところが憎い。「これは清水さんも飲んだことがないな。よし!これで献杯だ」と言って清水用、遠野、そして自分のとグラスに注いだ。清水の陰膳には初物の焼いた鮎が載っている。そこへ茹で立ての枝豆が運ばれてきて「献杯!」となった。

「それにしても昨日の『安田記念』はひどかったな。清水さんの解説を聞きたいよ。イスラボニータがあれじゃあ話にならん。社台の馬は取捨は難しいよホント」。「でも『ダービー』は儲かったし、買いも限度の3万だろ」。聞き取れたのかどうか分からないが、親爺、憮然としている。よほどショックみたいで「当分、馬券は買わん」。もっとも、親爺の馬券はGⅠがほとんんど。次は「宝塚記念」だから、2、3週間の我慢だ。

「話は違うけど、この間、思わず“おまさちゃん”と言ったろ。酒が入ってダービー馬券に夢中で、みんな聞き流したからいいようなもんの、今後は気をつけた方がいいよ」「そうなんだよ。俺も“いけねえ!”と思ったんだ。やはり何でも慣れには注意せんとね」。親爺が居酒屋の顔に戻った時に、確か、商社勤務だったな、と思われる3人が、続いて「ザッツ」の連中が駆け込んできた。

「角を過ぎたところで一気ですよ一気」。全員がハンケチで肩や頭を拭いながら言う。「お、今降ってきたか」と応じながら、遠野は枝豆の皿とグラスを持って指定席に移動。ちょっぴり落ち着いた「ザッツ」の4人も席に着いた。親爺と仲居は先に商社さんの所にお絞りとお通しを運び、仲居が注文を訊いている。

親爺は残りの「智恵美人」とキープしている焼酎「吉四六」、続けてビールと新しい枝豆を「ザッツ」の席に持ってくると「梶谷さんはいつも通り冷酒でいいよね」とグラスに「智恵美人」を注いだ。いかにもわざとらしいが、可愛いくもある。

焼酎のロックを作りながら横山が口を開いた。「さすが遠野さん。『ダービー』ばっちりでしょ。それにしてもマイスタイルは惜しかったですねぇ。あれがもう少し粘っていれば……」。「おいおい。人の懐を探ったり。タラレバを言ってたら立派な競馬記者になれんぞ」。軽く窘(たしな)めた。

「そうだ。横ちゃんさあ。昔の『ザッツ』は当たり外れはともかく、厩務員のコメントもあり紙面も面白かったけど、今はどこの新聞もコメントは調教師か助手でほぼ同じ。つまんないよ。もっと足を使って取材してくれよ」。親爺は「安田記念」の負けと社台の一人勝ちの不満で若い横山に八つ当たりだ。

「今日の刺し身は鰯にマグロ、それにサヨリでいいかな。あと、旨そうな新ジャガがあったから久しぶりに肉ジャガもつくったよ」。「へぇサヨリねえ。もう今年はしまいに近いんじゃないの」。遠野が目を細めると親爺は「サヨリは梶谷さん中心でとのさんは肉ジャガ食って栄養つけてね」「じゃあ俺はサヨリの皮を串で巻いて炙ってくれればいいから」と遠野が答えると、冷酒を飲んでいた梶谷も手を挙げて「それ美味しそう。私も」と。邪気がなくて酒豪。おまけに美人とくれば、どうしても酒席は盛り上がる。

料理はまだまだ続いてアジの大葉包み揚げにアスパラガスの焼き…を準備しているとか。最後まで付き合っていたらキリがない。「親爺、悪いけどカウンターにある鮎の塩焼き持って来てくれる?清水さんの代わりに俺が食うから」。事情に詳しくない連中はキョトンとした顔だが、遠野は親爺に向いて「心は見えないけど親爺の気持ちは必ず伝わるから」と言い、続けて「人間にはみんな心があり良心もある。そして、その良心からは誰も逃げることはできないもの。悪事を働いた奴は一人苦しみ続けることになると思うよ」。これは井尻に向けてだが、果たしてどう判断するか、理解できるか。若い連中が居ない場所での会話が楽しみになった。


【著者プロフィール:源田威一郎】
大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。

斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。

競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。